試合結果

アルコール入れながらツラツラ書きました。
ゲロ長い上に湿っぽいです、スイマセン。

3/13 明治神宮外苑大学対抗クリテリウム グループ1 37位(最下位完走)

前後輪BOMA 
前:SCHWALBE ONE 8気圧
後:Panaracer RACE C 9気圧
50-34 12-25

一昨年、昨年、今年と3年連続グループ1で走らせてもらう機会をもらったこのレース。
一昨年は雪で中止、昨年は骨折による半年間のブランク明けの目標レースということもあって完走後の達成感を鮮明に覚えている。

現実的に考えて、自分が活躍できるレースの中で一番格式の高いレースだと認識していたので、毎年入念に準備をしてきた。それだけに思い入れの強い大会。
今年は4年間の自転車競技生活の引退レースだってこともあって、尚更強い想いがあった。

アップはいつもの行田でやっていた通り、5分走で脚を暖めてからのレスト長めの30秒もがきのインターバルで心肺と脚に刺激を。合計20分くらいでパッと切り上げた。
久しぶりにお会いした鈴木さんに「調子どう?」って聞かれた時に「大丈夫だと思います。やることやってきたんで。」って言葉をスッと言えたのが素直に嬉しかったのを覚えてる。

今回自分は完全にアシストとして出走。地脚のある、荒川の逃げか畑のスプリントのための位置取り役として走るつもりだった。役目を果たしてまだ余裕があれば、終盤に自分でアタックしてみようかなとかもちょっと思ってたり。

15分前くらいから並んでスタートは先頭の左側から。クリートキャッチもしっかり成功して第1コーナーに2、3番手で入る。
1年生の頃の強風の中切れ地獄の行田で宇佐美さんに頂いた「キツいことから逃げるな。キツいと思った方に乗っていけ。」とのアドバイスを思い出しながら、ファーストアタックのチェック。流石に自分から変に動くと後々バックファイヤかまして大変なことになるだろうから、まだ我慢してチェック程度を続けることにして自発的には動かないようにしていた。

先頭から10番手付近で5周くらいを消化。強豪校がガンガンアタックをかけるのでペースは速かったけれど意外とキツくない。チェックだけじゃなくて、若干逃げにブリッヂするような動きもできていたと思う。一回アムステルの選手と、順天の選手と数人で抜け出せたけど、半周もせずにすぐに集団につながってしまう。毎年の神宮がそうだけど、やっぱり序盤の動きはしっかり決まらない。

中盤に差し掛かろうというところで集団が落ち着き、余裕ができたので改めて集団全体を前から見返してみた。すると畑と荒川が後方でヒラヒラしていたので後ろに一気に下がって位置取りのアシストをすることに。
「頃合いを見て前に引き上げるので、自分の後ろから離れないように」との旨を伝えて、何度か引き上げようとする。ホームストレート、第1コーナー後のストレート、180°コーナー後のストレートであげようと何度か挑戦するけどなかなか難しい。一度、荒川を最後尾付近から先頭まで持って行くことができた。上げたあとはそんなに引かなくてもいいんだけど、せっかくホームストレートで先頭にいるならと頑張って集団を牽いておく。この瞬間がこの日のピークだった気がする笑。ただ畑とはなかなか息が合わなくてコーナーで離れちゃったりして上げきれない。

ただ、畑はなんだかんだ自力で中盤まで上がっていけていたので、チェーントラブルで先頭から最後尾付近まで戻ってしまっていた荒川を再度引き上げようと、また戻ってアシストをしようとする(※ちなみに荒川のチェーン落ちはコーナー前でペダル位置を変える時にペダルを逆回転させたことによるチェーントラブルな気がする。変速をしたつもりでも、スプロケの歯にチェーンが完全に乗っていないんだけど、その状態でペダルを逆転させると更にチェーンが変なところにいってしまう。そのチェーンが完全にハマりきっていない状態で立ち上がりとかのトルクをかけると起こりがちなチェーントラブル。ちゃんとコーナー前では順周りにペダルを回すように(空転させる)意識することが大事。俺もそれで2年の行田オープンで先頭単独落車した苦い思い出がある笑)。

そんなこんなで集団中盤からまたほぼ最後尾まで下がって荒川にまた引き上げる旨を伝える。すると「もうちょっと待ってください」と言われたので最後尾で待機。ただやっぱり集団のケツ付近はキツいしそろそろスプリントに向けてペースが上がり始める頃なので、これ以上最後尾付近でフラフラしてらんない。
ということで荒川のアシストは諦め、前に上がって畑の最後のスプリントのアシスト、さらにはリードアウトをできればと集団前方に再度上がろうとする。
ペースが上がってきていたので一気に上げるのではなく、少しずつポジションを上げている途中の180°コーナー、アウト側から曲がって立ち上がろうとしたところに日体の選手が幅寄せしてきて側石にペダルを当てそうになる。ホイールが側石に擦るほどギリギリの中なんとか落車をせずに済んだけど、クリートを1度外してしまうし集団最後尾から30mほど離されてしまう。ここで集団に追いつかなきゃまずいと思い、後々のことを考えずに全力で踏んで最終コーナー前あたりでなんとか復帰。
そこからはひぃひぃ言いながら2、3周ほど最後尾付近をヒラヒラ。ラスト4、5周あたりからはまた余裕が出てきたので集団前方に上がろうとするけど、レース序盤~中盤ほど集団のペースはゆっくりじゃないし、選手間の密度も高くてコーナー前で詰まってしまう。逃げができているのはわかっていたし、脚に余裕もあったので前に出たくてしょうがなかった。「俺が前に出たら逃げ追ってやるから前出させろ」なんて自分勝手でやけに強気なことを180°コーナー毎思ってた。
結局そのまま上がれずに最終周を迎えてしまう。脚に余裕があるままだったので180°コーナーの後で鬼踏みしてちょっとでも着をあげてやろう、集団を荒らしてやろうとか考えて踏み始めたら、目の前に数人が転がってる。あれ、ツググンも居る。うまくクネクネっと交わせるかなと思ってたらツググンの首回りに前輪がぶつかってそのまま宙を舞う。おそらく2回転ほどして着地、あまりに痛くて1分ほど立てなかったと思うんだけど、気付いたら役員のおじさんに道路の端に寄せられてた。ちょっとボーッとしてたけど、しばらくすると「完走しなきゃ」ってふと我に返って吹き飛んでた自分の自転車とサングラスを探す。サドルが前下がりになってるのと、ゼッケンプレートが曲がってる以外はパッと見で特に問題がなかったので、そのまま乗車してラスト300mを走りきって完走。

思わぬ形でお客さんの拍手を独り占めにする形になってしまったけど、やっぱり神宮の最終周のホームストレートは格別だった。
ヘルメットは歪んでたし(多分)、サングラスも壊れた気がしてたので外していたけど、ゴールラインを越えた瞬間に涙がとめどなく流れてきて、ついつい恥ずかしくてサングラスを掛け直してしまった。結局スプリントにも何にも絡めずに先頭から3分近く遅れて最下位ゴール。
ゴールしてからも半周位はずっと涙も鼻水も止まらなくって、ワンピで拭いて袖口をぐしゃぐしゃにしながら走ってた。嬉し涙なのか悔し涙なのか全然分からないけど、とにかく涙が止まらなかった。
1周まわって最後は早稲田の青木と話しながら流し。流石にコースアウトしてからも泣いてたら格好悪いと思ったのでなんとか泣きやめてたんだけど、泰達と話してたらまた涙が出てきそうで我慢するのに大変だった。

ゴール後は救護所で荒井に処置をしてもらう。1年のバンク練でギアが軽すぎて降ろす時に初落車した時も荒井にゴシゴシされたなぁとか思いながら。荒井ありがとう。
怪我自体は頭を打ったのと、両肩と腰の擦過傷、打撲、あとは右足首の捻挫、靭帯を少し痛めた程度。まあもう練習しないんだから別にいっか笑

最終的に、慶應チームとしては最後に向けて良い感じに走れていた畑が巻き込まれて落車。荒川も最終コーナーでの落車ということで結果は0。荒川の落車は俺とかツググンの落車を避けようとした時に変な負荷がタイヤにかかったことで最終的に剥がれてしまったのかな。
結果は0、あくまでそれが結果。正直、4年間で一番調子が良かったので脚はまだ残っていたし、落車がなければとか、180°コーナーで幅寄せされる前にもっと声を出していればとか、チームの機材トラブルがなければとか、更にはおこがましいことに自分で勝負に行っていたらとか、ifが多すぎて後悔は尽きない。だけども2016年の神宮は、4年間で一番満足のいくレースにすることができた。

決して身体能力に恵まれていない自分が活躍できるのは、こういうテクニックとか位置取り重視のレースでのアシストとしての動き。それを分かっていたのでこの舞台でなんとか走れるように練習してきた。
12月に1か月のオフをとって、1月からこのレースのために練習を続けてきた。30kmのクリテだから100km以上乗っても仕方ないと思い、相模川側道、小田厚、連光寺、あとはローラーでの練習だけにしてきた。春休みの部の練習はベース強化の意味での長距離が多かったり、山がちだったり、合宿があったりしたので、暫く全体練から離れて成蹊の矢野とほぼ毎日自主練。部の練習から離れた状態で一人だけじゃこんなに練習できなかったはず。矢野には本当に感謝してる。自分は意志が弱い人間なので、一人じゃ毎朝早起きして練習できなかっただろうし、練習場所でも前日に決めたメニューをこなすことができなかったと思う。毎メニュー始める前に「アーー、やりたくネーー!」って言ってたのは本音。それでも一緒に練習する仲間がいたので練習を着実にこなしてくることができた。
最後の1ヶ月は整骨院にも通い、体のバランスを整えてもらうことでペダリングを気持ち良くできるようにしてもらった。それに伴ってストレッチを入念にやるようにした。至れり尽くせりで色々と手を尽くしてくださった先生方には感謝しきれない。
レース1週間前からは疲労を抜くことに重点を置く一方、心肺は落とさないようにとローラーインターバル中心の生活をするようにしてた。

また、神宮の荒れたホームストレートの路面では体重があった方が有利だと思っていたのでご飯もすごい量食べるように意識していた。飲み会の後も絶対なんか食べてたので1日4食とかは当たり前だったし、些細なことだけど、ご飯も絶対に2回以上おかわりするようにしてた。これは魂心家に大変お世話になった笑。結果65kgほどじゃまだまだ跳ねてしまったけどやって良かった。

ずっと憧れ続けていたレースをこういった形で走り終えることができて、本当に幸せだった。

4年のこの時期までずっと競技を続けていたのは、色んな人の影響があったから。中でも東大の林からは強くモチベーションをもらった。ツールド北海道のレースレポートを読んで、彼が達成感を噛み締めている姿を見て、純粋に羨ましかった笑。自分は4年間の目標をまだ達成できていないなって思って、やっぱり最後までしぶとく続けてみようって思えた。

部の練習にそんなに出れていないし、今年は流石にグループ1は厳しいかなとか思ったこともあったけど、なんだかんだ後輩が考えた末に自分をメンバーに選んでくれた。荒川から来た「様々な視点から考慮した結果、朝比奈さんでエントリーすることに致しました。」ってLINEを見た時は心の底から嬉しかったし、その反面物凄いプレッシャーも感じた。メンバーに選んでもらえてからレースが始まる1時間くらいまで、「自分が他の後輩のチャンスを奪っちゃったかな、悪いことしたかな」って思いはずっと消えずにいた。だけど今回レースを走って、自分の走りでチーム、部の期待に応えることができたと自信を持って言える。今思うとそれもあっての涙だったのかも。

この1ヶ月、冗談みたいだけど、ゆずの「栄光の架け橋」とファンモンの「あとひとつ」、Scriptの「Superheroes」を毎日鬼のようにリピートしていた。3曲での合計再生回数が1ヶ月で500回近くなるほど聞き込んだ。基本的に毎晩寝る前には、いろんな場合を想定して神宮のイメトレを繰り返していた。

レース前は走れるか分からない不安で本当に緊張していたけど、なんだかんだレースはきついけどやっぱり楽しかったな。
1.5kmのコースのあらゆるところから「朝比奈ァー!」「朝比奈さーん!」「朝比奈先輩ー!」って声が聞こえてきて本当に力になった。ホームを通過するたびに、毎コーナーを曲がるたびに辛い気持ちを消し去って気持ちを立て直すことができたし、月並みな言葉だけど勇気をもらえた。レース後も皆さんに暖かく迎えていただいて本当に心が暖まった。

感動で涙が止まらないようなこんな経験、22年間生きてきて一度もなかったし、今後暫くはないような感じがする。いや、作らなきゃいけないんだろうけど笑

自分の4年間の自転車競技生活の目標は「レースを走り終えた後に涙を流せるような競技者になること」。悔し涙にしろ、嬉し涙にしろ、レース後に涙を流せるくらい、一つのことに全力を出してみたかった。ずっと競技者としての目標を決めきれていなかった自分がこの目標を決めたのは3年の時に骨折をした時。
4年間ずっと競技を続けながら、なかなか見つけられなかった、諦めかけていた本当の目標を最後の最後に達成することができて本当に幸せだった。有終の美ってやつ。

もうやりきった感がすごいので暫くは自転車競技はやらないと思う。
最高の4年間だったけど、もう2度とやりたくない4年間でもあった。と言いつつ、練習をしなくていい日々をここ数日送っていると神宮前の現役生活が懐かしくて少し寂しくなる。

こうやって思い返してみると、自分が真剣に本気で取り組んだ自転車競技、更には神宮クリテは色んな人が応援してくれていたんだなと改めて気付いた。

いろいろとレース前にサポートしてくれた後輩達(本当は1人1人お礼を言いたいのでもうちょっと待ってね)、みんなはほぼ引退してるのに立証してくれたり卒業旅行中も気遣ってくれていた同期、4年の春から最後まで特に一緒に練習をしてくれた加藤、本当に子供っぽかったであろう1年生の頃から先輩として色々と教えてくださった多くの先輩方、競技面のみならず人生面にも通じるアドバイスを沢山してくださった宇佐美総監督、何もわからなかった1年生の初夏のJCRC群馬からずっと第3の祖父のようにいつも温かく見守ってくださった橋本先生、こんなにお金のかかる、更には危険な競技を4年間続けさせてくれた両親、競技面のわがままでいろいろと迷惑をかけたにもかかわらず最後の神宮まで応援に来てくれた友人、4年最後の神宮まで競技を続けるだけのモチベーションをくれた東大の林を始めとする他大学の同期、他にも書ききれないほど本当に本当に多くの方々に力をもらい、支えてきてもらいました。本当にみなさんには感謝してもしきれません。

今後はOBとして、先輩として、後輩として、同期として、友人として、息子として、できることで少しずつ恩返していきたいと思います。

あと、これからも後輩達の練習日記は読み続けると思います、陰ながら応援しています。

書こうとすればこの3倍4倍くらいの文量をかけるのですが、とりあえず神宮クリテのレースレポートはこれくらいにしておきます。これがずっと続けてきた練習日記の最後の投稿になると思うとまた感慨深いものがあるな。

まとめ方がうまくない上に、だいぶ湿っぽくてすいません。最後なので許してください。

とにかく、みなさん本当にありがとうございました!

あー楽しかった。

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