試合結果

遅くなってしまいましたが、インカレ直前の私の出来事と、インカレのレースレポートです。
8月31日
まだまだ足りないのは分かっているが、これ以上の足掻きは疲れがたまると考えOFFに。
畑の個抜きの追い込みに痺れた。なんというか自分の今の練習では出来ない境地を見た気がして、何となくやるせない気持ちになった。おめでとう。
9月1日
宿~美鈴湖(遠回りの方)
団抜きを見終えたから小野のポイントまでの間に宿に自転車を取り、そこからTT。向かい風が強くあんまり進んでる気がしなかったが、19:55/302Wで、生まれて初めて20minが300Wを超えた。だからなんだって話だが、昨年sgnが「やっぱり300Wで20分走れないとロードは無理」と言っていたことがずっと心に残っていたので、テンションが上がった。勿論充分条件ではないことは百も承知。
9月2日
前日ダウンをしなかったので、めちゃめちゃ脚が痛かったが、小野健のマッサージが神で幾分マシになった。自転車磨いてツーラン飲んで終わり。
9月3日
インカレロード  DNF
まずはあった事を、
2回目の登りの下で変速機を壊され、代車へ。私の同じ身長の伊藤潤に合わせた代車は何故かサドルが2cm以上高く、騙し騙し登ったが、如何せん水が入ってなく、再び補給のタイミングまで後ろまで下がり、5回目の登りで完全に両脚が吊り、もうダメでした。
短めですが、大して距離も走ってないので、この分量しか書く事がありません。ごめんなさい。
サポートしてくれた皆さん本当にありがとうございました。
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以下、4年間の後悔と謝辞を、だらだらと書かせてください。
機材が壊れていなければ、と試合直後は確かに考えた。がしかし、総監督のいうとおり、「練習出来ていないことは試合でもできない」訳で、結局夏の間1度も伊藤潤にまともに勝てなかった自分には結果なんて見込めるはずが無かっただろう。自分がもし逆の立場だったら、そんな奴にサポートなど全くしてやらなかっただろうし、「こいつはダメだ」と分かっていてもマッサージをしてくれた金子や蔭山をはじめ、応援やサポートをしてくれた下級生やおみ、岡山には本当に感謝しきれない。
実のところ3年目の時は、怪我している事に甘え、「選手権ロード完走」という目標の遠さに辟易とし、モチベーションが低かった。留年してからも、予想以上に自分が遅く、再び遠くなった目標に諦めかけていた。
なんとなく火がついたのは6月。言い方は悪いが、毎日10分メディオしかしない奴に長距離ロードで負けている場合ではないと思ったから。そこからの3ヶ月、距離だけは部内では一番乗ってきたし、合宿も毎日伊藤潤にキレられたり失望されたりしながらも食らいついてきた。しかし、やっぱり3ヶ月では無理だった。畑や小野に負けたことが一番悔しい。結局、今年もトラックの夏だった。
恐らくだが、逸見や熊谷(まずはクラス2だが)は自分がかつてそうであったように、対して危機感をもっていないだろう。正直4年間の大学生活で、他にも大事なことは沢山あるだろうが、自転車は逆向きのベルトコンベアの上に乗るように、歩みを止めてしまえば後退してしまうと思ってる。だからこそ、前に進めなくとも、今いる位置をキープすることは大切だと思うし、ピストに乗ってほしい。部内で速く走れる宮本や大喜多はトラックメインだし、ロードだけではやくなるのは茨の道だと、幾多の先輩が証明していると思う。
そんなわけで、神宮に向けて、もう少しの期間だけ練習しようと思います。今度は「彼なりの」とは言わせない、自分なりの力を見せるために。
3年半、ありがとうございました。後、半年(1年半?)だけ、よろしくお願いします。


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