これまでの3年、これからの1年②(苦悩の2年生編) 後編 <26日追記>

前編

2019年 8月 1910km

夏合宿

8/2-7 福島合宿

8/7-11 蓼科合宿

8/19-22 大前さん蓼科合宿

8/22-26 松本合宿

8/27-9/1 鹿島槍合宿

ほぼ合宿生活。

・福島合宿&蓼科合宿

福島合宿は宿もよく、練習環境も良かったので非常に楽しく合宿が出来た。福島は蓼科と異なり走行距離稼げる。コースのバリエーションも豊か。蓼科で100km以上走るともれなく獲得標高が2500mを超え疲労が大きいし、登りか下りしかない。

福島合宿ではあまり調子は良くなかったが、続く蓼科合宿ではコンディションは良くなっていく。

蓼科合宿では霧ヶ峰、美ヶ原、麦草峠の全ての区間で1年生時のタイムを更新。ちなみに雨境峠のKOMは未だに私である。過去の自分と比べて早くなってることがわかることは嬉しいよね。

・モチベ

インカレに出れない私が夏合宿のモチベーションを常に保てていたかというとそうではない。

「P.S. 2年にもなるとがむしゃらに走るだけではなくなる。ふと、色々悲壮感に駆られる。結果が出ないからか、才能の差を感じるからか。もちろん努力が足りないことはわかっているが。諸々、サッカーの時と同じだ。
と思っている時もあるが、モチベには波があるので、またモチベは上がるだろう。」

これは蓼科合宿の後半のブログに書かれていたことだ。自分はサッカーを12年間続けていたが、中学後半から明らかな才能の差を感じ始めて高校に関してはサッカーに対する興味はほぼ冷めていた(先生や仲間の存在が大きかったことや、最後までやり抜くことにサッカーのやる意義を見出していた部分があるため高三夏までやり抜いたが)。

当時の高校生〜大学1年は才能にあふれる(あふれているように見える)人々が多かったので、自分を相対的に捉え落ち込むことも多かった。

・大前さん合宿

この合宿では大前さんのメニュー走を行った。メンツも選抜メンバーだったので全員速くただ走っているだけで脚が削られた。

メニュー走に関しては「ほぼZwiftだった」(当時のブログ)

この合宿中に「目的意識を伴った練習」、「強くなるために必要な練習時間」、「メニューの作り方」を僅かながら学ぶことができた。

この学びは9月以降の練習に活かされる。

・桜清水合宿&鹿島槍合宿

インカレに出れないメンツを引き連れて練習してた。

p.s 夏でも夜に美ヶ原に登ってはいけない。凍え死ぬ。

・インカレロード

「インカレ前日ともなると『インカレに出たかったなぁ』と1時間おきに思う。自分にはあと2回しかチャンスがない。もう手が届きそうなのだがなかなか届かずに1年経っている。クリテで勝つという大きな山を乗り越えれば自分はその後は上手くいきそうという漠然とした自信があるので信じて9月10月その先も走り続けます。」

この年のインカレは女子は福田さんが優勝しましたが、男子はあまりにも悲惨な状態で終わりました。どうにかしなければと危機感を感じた。

・合宿以外の過ごし方

免許講習を受け始めたので半分は免許講習、もう半分はzwift練。

・幹部交代

これは予想外でした。予想は「副将纐纈、副務石井」でしたが、先輩方は逆にしてきました。

「副将石井」の誕生です。

強いものが最も地位が高くなる慶應自転車部の伝統から外れた人事です。

近年において「クラス3かつトラック基準なしの主将副将」はいないような気がします。(纐纈、原が練習しなさすぎなので消去法で選ばれた感あるけど)

正直、自信はなかったが、やるしかないなと思った。

通った学校の校風といろいろな境遇が重なり、自分はおかしいと思ったことは誰だろうが容赦無く言うように育ってしまったし、1年の頃からミーティングでの発言量は多かった(発言の少なさで会議の進行が遅れるのが一番嫌い)ので、そう言うところが先輩に評価されたのかもしれない。(大喜多さんには一番部下にしたくない人ランキング1位をもらいましたが)

ずっと「石井は高圧的」と言われ続けてた。(そういえば最近そんなこと言われない)

まぁそんなことで、私の時代が始まります。


9月 1105km

自主練期間です。

私はけいはんなロードレースのためにみっちり練習をします。

これから練習を指揮していく上で、いろいろパワートレーニングの本や、サイトを漁って情報を集めていた。その中でクラス3から昇格するために自分はどうなるべきかについて考えていた。そして一つの結論を出す。

「他を圧倒する力をつける」

はい、漠然としていますね。具体的に言うとFTP5倍を達成し、誰よりも集団内で余裕のある人間になると言うことです。

そのためにzwiftではSSTというメニューを積極的に行うようになります。

SST内容
10min ウォームアップ 
30min 250w(5min 265w ー 5min 235w ×3)
3min 140w
1min 305w
1min 140w
30min 250w(5min 265w ー 5min 235w ×3)

この時の設定FTPは280wです。9/6には20分最大ワットは5倍になるんですけどね。

9/16 RCSけいはんなサイクルロードレース DNF

ある意味伝説の落車多発レース。一体何人落車したのか。

私はチェーン落ちでDNF。ついておりません。この一件以来、変速調整は全てショップにお願いするようになる。

このレースで小原が昇格する。

「見知った顔が次々と昇格していく中、取り残されている。
期待にも答えられないもどかしさに胸が締め付けられそうである。
この先どうしよう。」

メンタルが結構やばい状態。

クリテが近くなるとやる練習↓↓参考程度に

TT#3 Dynamic TT Course Work
5min ウォームアップ
3min 195w
2min 245w
1min 285w
30ses 330w
5min 155w
(10ses 475w – 50ses 290w)×6
4min 80w
(10ses 475w – 50ses 290w)×6
4min 80w
(10ses 475w – 50ses 290w)×3

9/20 バンク合宿 in 修禅寺北400バンク

自分が初めて監修した合宿。

まず合宿をやる目的→「部員が自身の現状を知る」、「適性を知る」、「レース経験を積む」

練習内容→ 1kmTT,200FTT,4kmTT全て測る。ケイリン、ポイントレース、スクラッチの導入。

今までのバンク練→ いわゆる”練習”が主体。捲り合いや2000mFが中心。

自分自身、バンク練でしっかりタイムを測る機会はなかった。しかし、本番と同じ状況で練習することこそが、本番で力を発揮するために必要なことだと考えた。

新たに導入した練習について説明する。

まず、部員それぞれが現状の力を知らなければ、自分が実力的にどこの位置におり、今後どのように練習していけばいいのか指針が掴めないと考えた。そのためほぼ全員に基準獲得種目を測らせた。

その上でどの基準種目が一番得意なのかを確かめた。今まで部では1km TTか200mFで基準を獲得することを重視し、その二つのタイムしか計らせてもらえなかった。しかし自分のように4kmTTが得意な人間が一定数存在する。トラック競技を苦手しあまりやりたがらない人間は大抵こういう人間なので、このような人間にトラック競技での目標を与えることは重要であると考えた。トラック競技を頑張ることはロード競技の実力向上につながる部分はあるのだから。

次にバンクでのレース走の導入である。

これは今まで「危ないから」という理由で避けられていたが、私は「練習で危ない人間を試合に出せるわけないじゃん、だったら普段からレース走の練習しよう」と考えたので実施。実際に弊部は自分も含め初心者が多く、レースでの駆け引きを苦手とする人間が多い。こうした弱点を克服するためにも積極的なレース走は導入するべきであるという結論に至った。

・普段の練習

「今週から朝練のメニューを考えているのだが、


火曜に30秒(G 30minもがき)水曜に3分(ノーマルGorR練)、木曜に15分インターバル(ノンストップG4×2)

といったように徐々に時間を長くして鍛える領域をハッキリさせピンポイントで鍛える方式を取ってみた。感想としてはGood。領域を分けているから前日の筋肉疲労に影響が受けることが少ない(辛くないとは言っていない)ためしっかり強度が維持できる。
今後も続けよう。」

こういうことである。漠然とこなしていたG練やR練の目的を明確化した。

全体練に関しては

「せっかく大勢で練習しているのだからということで、しっかりした強度で最初から走る。
ローテ短め、ペース速めで大垂水からしっかり登る。登りだろうが平坦だろうが踏めるところは全て踏む(200wー270wの間)。ちんたら走るのは帰りだけ。」

行き帰りで強度低く走ってるのに、集合してからも強度低く走る必要なないと考えた。全体練の強度をあげた。


10月 998km

全体練に都民の森を導入。これも遠いと敬遠されてきたが、「実際遠くない」。

隙間時間にzwiftとかやり始めた。エミリーショートミックスは30分でおわるからいいよね。

朝練は先月と同様のメニュー。

10/6 JCRC第5戦 in群馬CSC Xクラス2位

「修禅寺が使えない現状なので、大会での群馬CSCの需要が高まると考え一度走っておきたいと思ったことと、大会まで期間が空いているので腕試ししたいと思い参加。」

先見の明ですね。

動きまくって3人逃げに持ち込めたはいいものの最後脚攣って2位。久しぶりのロードレースは楽しかった。

モチベ回復にも繋がったし、攣るという経験も得られたので出てよかった。

学連レースでうまくいかない時はホビーレースで気分転換はありだと思う。

10/27 新人戦 4kmIP 5:20

B基準切りは果たせず。周りもあんまりタイムは出てなかった気がする。

「p.s. ミーティングでキツイ事言うが、自分自身にも向けて言っている。自分はクラス3、基準なしのなんでもない人間だが、副将として言わなきゃいけないことはある。
自分で言いながら、結果が出ない自分に悲観している。こんな日曜日でした。

練習しかしようがないのです。凡人は。練習しろ自分。」

何を言ったのか覚えていない。


11月 1130km

11/4 RCS袋井ロードレース DNF

2週間前ぐらいからずっと咳が止まらない状態。結果として心肺機能の調子が悪かった。調子が良かったとしても勝てたかは怪しい。それぐらい昇格した2人の選手は強かった。

「今回の結果は流石に笑えず、精神的にきているので、気分はこの一年で最悪だ。上がれる気がしない。上がれるビジョンが見えない。才能がない。辛い。
先輩として不甲斐なさすぎる。
今は負の感情しかわかない。

まぁ凡人なりにこれからも頑張ろう。
凡人がどこまでいけるかな。」

ここまで上手くいかなくても諦めない自分。練習することしか頭にない。

11/16 六大学トラック 

スクラッチ10位 

チームパーシュート 3位 4分42秒38 51-14 with纐纈原小原

スクラッチはとにかく原を勝たせる作戦。原が逃げられるように集団を押さえた。結果として原があと少しで逃げ切りというところまで持っていったが、最後は上手くいかなかった。

チームパシュートは人手が足りないのでメンバー入り。この年の早慶戦とこの試合だけであろう、自分がチームパシュートを走るのは。

11/24 RCS行田クリテ 落車DNF

万全の状態で臨んだが、レース後半にコーナーの泥にハマり落車。

この時落車に巻き込んでしまったのが都立大の橋本である(半年後に一緒に練習するようになるとは)。

「『過去の反省を意識しながら自分の実力を出し切れるレース』
このようなレースを出来るだけ多くすることが自分には必要だ。そうすれば今の自分ならそれなりの結果は出る。東大の坂野くんに言われた惜しい試合を何戦かすれば自然と上がれるという事はいろんな人から聞いた事と大体一致しているので正しいと思うし、その状況を作り出す。自分中で本当に惜しかったのは神宮、白馬だけだ。」

「過去3戦DNFという恐ろしい状態。少し前なら早期引退を迫られていただろう。幸いそんな時代は終わっているので諦め悪く頑張っていきます。ネガティブなこと書こうと思えばいくらでも書けるがやめておこう。」

改めて見るとメンタル強いな、自分。

・普段の練習

SST主体からzwiftレース主体へ。レース強度のインターバルをひたすら練習しようとしていた。

小山田周回練を改革。今まで小5周だった練習を大5周+スプリント練にした。小山田練の問題点であった練習量の少なさを改善するために行った。この新しい練習では宮ヶ瀬練並みにTSSを稼ぐことができる。


12月 1368km

12/8 RCS幸手クリテリウム 8位

久々の完走でした。最終局面、非常にいい位置にいたんですが、前走ってた選手がこけてブレーキを余儀なくされた。

こういう展開に流されるのが嫌なので、高FTPを全面に押し出した一人逃げ作戦を実行することになる。

12/17 Vo2測定 inスポ研

最大負荷 386w → 401w
Vo2max 57 → 66.6
最大酸素摂取量 3500ml/min → 4065ml/min
LT値 311w
LA値 253w

スポ研の人にも褒められる驚異の成長。練習の成果が出た。

・festive500

クリスマスイブから大晦日までの期間に500km走るチャレンジ。

乗り納め東京湾一周ライドや、タマサイ150kmソロライドとかしてなんとか達成。


2020年 1月 1024km

・日常練

zwiftメニュー走やzwiftレースに出る毎日。

全体練は小山田大5とか。

この頃には半周逃げ切り勝利決めるぐらい調子は良くなっていた。

そして目標だったFTP5倍を達成する。20min 319w出せた。

「あと最近意識していることは、zwiftでは出来るだけパワーを出すこと、実走練ではパワーを抑えて速く走ることである。zwiftで身体能力を上げ、実走で速さにつなげる。具体的にはフォームとペダリング。最近はいかにエアロにタマサイを走るかがmyブーム。」

・他大学との合同練

練習人数の少なさは強度の低下を生むことはわかっていたので、特に都内某所での練習に個人的交流があった学習院大を誘った。結果として練習強度は大きく上がり、駆け引きも激しくなってよりレースに近い状態で練習できるようになった。

都内某所に関してはレース走、ポイントレース走を導入している。

1/5 もてぎサイクルマラソン100km エキスパート18位 2:27:51 NP257w

初めてのエンデューロ参加。初めてにしてはそこそこの順位かな。自分はロードレースで活躍するんだという気持ちがあったので参加してた。

1/19
川島町クリテ 4位 19:46 Ave.307w NP350 

「この日の目標は逃げること。

展開は初っ端神戸との逃げ、そのあと作大含んでの3人逃げ、そのあと龍谷との逃げ、そのあとどっかとさらに逃げ。パッと思い出せる範囲はこんな感じ。隙あらばアタックの精神。逃げ集団からの逃げもやった。
周りが疲れてるのがわかるし、毎回集団を離せるからよりアタックしたくなってしまう。
他がアタックしたのもほぼ乗った。

最後脚残ってたのは多分作新の2人と龍谷カワチマンと自分だっだと思う。作新の爆発力ある残り1/3でのアタックには対応できなかった。」

photo by ゆういちさん

1/26 3時間エンデューロ in 下総 15位 NP 226

後半ハンガーノックで力尽きた。補給の大切さを実感することができた。


2月 1692km

春合宿in 館山

目的はFTP上昇幅を決めるLA値、LT値の向上。2019年初めの漠然とした指針でLSDはやらない。

しっかりそれぞれがLA値、LT値の走行時間を稼げるように先頭を引く時間も指定。加えて班分けもVo2測定でのLA値、LT値で組み分け。

あとは精神的な面を考え、新コースを策定した。国体5周という精神と時の部屋はなんとしても避けたかった。

2/16 RCS 川島町 10位 NP323w

スタートと同時に一人逃げ。3周にげるかつ一時10秒ほど差をつけることに成功するが、最終的につかまってしまう。一人飛び出してきたときに一緒に逃げようとペース落としたのが非常によくなかった。

photo by ゆういちさん

2/23 RCS最終戦 神宮外苑クリテリウム 3C 4位

「昇格出来ませんでした。
思うことは色々あるが、全て書くと超長文になりそうなのでどう考えて戦い、どう散ったのかと少しの気持ちを書こうと思う。

神宮は距離が短く、また最後直線でスプリンター向き。スプリントが弱い自分が勝つには周りが疲れることが重要。また距離が短い上、直線も多く道も広いコースでは集団の速度が早く一人逃げは現実的ではない。
そこで自分が考えた戦法がアタックを繰り返し、集団を活性化させ他の選手を休ませないというもの。最後はべたつきちょい刺しで昇格ってところでした。常に前で展開することで落車リスクを極限まで減らす。アタックの時、鹿屋朝日東北学院あたりがついて来たら一緒に本気にげ。

ということでスタートダッシュかます。集団しっかり追って来る。少ししたら集団に戻る。集団緩む。遅すぎて耐えられない。ということで2周目鋭角コーナーでアタック。逃げるつもりはないので、そこそこで踏む350wくらいで。程よく差が詰められたところでまた集団に戻る。戻っても位置は下がらない。アタックには即対応。そんな感じで最終周(短すぎるよ)。牽制状態で集団団子。去年の反省で並木ターンはそこそこの位置で周りそこから鋭角カーブに向かって一気に位置あげる(去年後ろから来た人達に被せられ埋もれた)。最終鋭角コーナー3番手で曲がる。ある意味完璧。でも前の鹿屋朝日の立ち上がりが強烈で、そこで離されベタ付き失敗。この時点で終了。最後作新のJPT選手にまくられ4位。

無駄脚使うなと終わった後言われたが、途中アタックとかしなくても最後のスプリント力はそんなに変わらなかった(歴代2位の5秒ワット)。戦法はこれでよかった。強いていうなら鋭角コーナー前にアタックしても良かった。結果はわからない。自分が弱かった。

これで2年目をクラス3で終えることが決定。もちろん悔しい。
いろんな人達が先行ってしまったが、必ず追いつき追い越す。」

学連でうまくいかないことはもちろん悔しいが、自分は新たな目標を設定する「全日本選手権出場」である。資格獲得大会である西日本チャレンジでの15位以内入りを目指して練習していたのであまり落ち込まなかった。

慶應チャリ部にも、コロナの影が近づいてくる。

次回、「忍耐と成長の3年生編〜コロナ禍と自転車ネットワークの拡大〜」です。

コロナ による合宿中止、部活動停止とzwift活動、IRCチャレンジでの活躍、かつらおでの奮闘、個人ロードレースとインカレ、そして1年生と愉快な学連多摩民、おはさいメンバーの登場と盛り沢山ですね。そしてずっとネガティヴだった競技活動もポジティブな方向へ向かっていきます。


・部運営関連

インカレ以降、熊谷さん小林さんは部にほぼ関与しなくなる。纐纈も練習もこなければ運営にも口を出さないので実質、自分一人で運営や企画を全て行なっている状態。非常にキツかった。常に部員の不満と向き合い、改善策を考えそして日々の練習をどうするのかも考えなければならない。自分に余裕がなかったのも良くなかった。

副将として意識したことは試合後の選手とのコミュニケーションとミーティングである。試合で何がダメで何が良かったのかを一人一人に言わせるようにした。そしてどうしていけばより良い結果が生まれるのかを考えさせた。

自分の気づきは他の人の気づきになる可能性があるので積極的に共有した方がいい。かつミーティングという場で発言させることによって言語化され自身の頭の中でも課題点を整理する機会となると考えた。

あとは少人数食事会。ランダムで選ばれた数人で食事を行う企画。コミュニケーションや部に関することなんでも話した。非常にいい企画だったと思っているが当分行えそうにない。

練習関連の改革まとめ↓

練習場所の拡大→彩湖、和田峠、三増、都民の森、牧馬峠、小山田大周回etc…

練習目的の明確化、練習強度の数値化、先頭交代の時間の明確化

p.s.Vo2は以下のような形でランキングつけて班分けの際に活用しました。

概ね日々の練習通りの結果になったのが面白かったですね。

だいぶ散文になってしまったかもしれません。ほぼ脳内を垂れ流して書いてるだけなのでお許しください。

<追記>

盛大に失敗した企画として、冬期間の朝練の改革があります。

やることをリスト化してそのうちのどれかを平日やりなさいということにしたんですが、結果として部員の練習量はガタ落ちしました。

月ある程度走行距離乗ってないと神宮は出さないという監督の意向もあり、神宮は練習していた石井、佐藤、宮本、多賀谷しか出場できませんでした。

この件で、自由に練習させることはいいがモチベーションや危機感がないと練習しなくなるだけということを身をもって知りました。

誰しも自主練を好き好んでやるわけではないんです。だからこそどうしたいのかとか何をすべきなのかとかを明確化してあげて、やる気を出させることが重要になります。

全く練習しない人間と個人面談をしたこともありました。その人は面談後、明らかに練習態度が変わったので、やっぱりコミュニケーションって大事だなと思いました。

幹部として部員を放置することはいけない。大抵モチベがない人間は目標を失っていたり、やるべきことを理解していないことが多い。幹部としてそうした人間に寄り添い、共に考えてあげることが大切なことだと思います。(今の自分がこれを完全にできているとは言えませんが)

目標設定についてですが、モチベを維持するためには成功経験が必要だと思います。最初から大きな目標をたたて、上手くいかないと絶望しかありません。

短期目標、中期目標、長期目標と言った形で分け、まずは1ー2ヶ月で達成できそうな短期目標を設定し、それに向かって努力するのがモチベ持続には効果的です。

短期目標や中期目標を設定するためには「目標」を達成するために必要な能力や経験などの目標達成に必要な「要素」を考えなければなりません。これが難しいんですよね。要素についての熟考が足りないから練習量とか足りないとかいうことになってしまいました。

石井 悠太郎

石井 悠太郎

文学部西洋史学専攻3年 主将 「朕はチャリ部なり」

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