全学クリテ

8位

正直言って、成績にあまり期待はしていなかった。今年からポイントレースからテンポレース方式に変わって、うまく流れ込んで3着くらいはあっても1着を取ってポイントをもぎ取るのは厳しそうだと思ってしまった。自分はだいぶ能力が向上したとはいえ、やはりスプリンターではないし、大集団での激しい位置取りも得意じゃない。結果で見ても、最後が3着でまさに自分の予想通り?の結果になった。目標はもう少し大きく持っても良かったのかもしれない。でも、人生初?のリードアウトを受けてスプリントして、なんか久々にチームの力で取った成績だったように感じて、東日本の優勝よりも謎の達成感を感じている。ありがとう。

ゴールした瞬間、あの大集団の先頭で横並び(じゃなかったけど)でゴールした光景は色んな意味で一生(言いすぎました、しばらくは、ですね)忘れることはないだろうと感じた。ゴール直後は、自分があの位置でゴールラインを割ってる事実が信じられなくて、勝ったわけじゃないのに少し嬉しかった。ついでに、ポイント獲得者がバラけてくれたおかげで、トラック以外の種目でちゃっかり全学初入賞して、ボチボチのロードポイントも獲得して、チーム目標のロードランキングの向上に少しばかり貢献できた。Bianchiでビッグレースで結果残すことができてなくて、ようやく最終年ではあるけどようやく結果を残すことができて良かった。

でも、振り返れば最後のアベゲンを捲れていれば8位→優勝までジャンプアップできたことを考えると、もっと上手くやれたんじゃないかという意味で、悔しさもある。やはり勝利が目の前でこぼれ落ちたショックは大きい。まあ、アベゲンとのスプリントはかなり差があったんですけどね。最後のストレート入る手前でインに差し込んでトップスピードに乗り切れなかったのはあるけど、それ無しにしてもようやく横に並べたかって感じだと思う。それくらいスプリント力に差があった。彼はあれだけかかり良いのに、登りも登れるから今年のインカレもほぼ間違いなく勝負に絡んでくるだろう。恐ろしいな。自分はまだまだ練習が足りないなと感じた。

レース前日から書く

5/24(土)

アパートにてローラーを2h。

翌日はクリテだけど、埼玉のクリテシリーズとかとは違って集団にいる分には楽で、前出てもカツンと踏むというよりはベタ踏みする感じだから、インターバルはやらなかった。長期的な目線で見た時のフィットネスの維持のためでもある。

200wくらいで踏みすぎない程度に淡々と回し、20秒の高回転スプリントを1本と5sの神経系の高負荷スプリントを1本入れて最低限の刺激入れをした。

雨予報だったので、そのつもりでレイングッズなどを準備しておいた。

5/25(日)

レース当日。雨は降ってたけど、予報では5~10mmを推移するような土砂降りの予報が、小雨くらいの予報に変わっていた。実際にレース中は雨という雨にも降られず、助かった感。

会場には7:00過ぎに到着。準備をしたかったが、テント積んだ部車が大幅に遅れるということで、雨に濡れたくない自分は大して準備が進められず。そのほかの自分のタイムマネジメントのせいもあるんだけど、もう少し長くアップしたかった。

雨なので試走はしなかった。コースは一回走っただけなので細かい部分はうろ覚えだったが、危険箇所的な部分は覚えていたので、安全に?走り切ることができた。ただ、もう少しコーンであったりバリケードの位置をちゃんと把握できてれば、もっと良い位置取りができたかもしれない。まあでも試走したところで身体が冷えるだけだったと思うので、この選択に間違いはなかったと思う。

アップはローラーで30min弱。20s-20sのタバタを追い込みすぎない程度に4セットと、5sスプリントを1本。自称スロースターターの自分は1周目は基本狙わない方向だったので、レース走りながらアップすることにした。

予想外の人物などに遭遇し、フワフワした状態でスタートラインへ。雨は止んでいたけど、念のためにお腹にビニール袋を入れておいた。暑いかなと思ったけど、スタートラインの移動までで少し寒さを感じたので、入れておいて正解だったと思う。

神宮での例の事件があってからというものの、学連は強者優先のスタート方式を取ってくれるようになった。道幅広いので今回はそこまで恩恵はなかったが、クラス1の恩恵を実感する数少ない瞬間である。

スタート後は、前にいるようにしたが、道幅の広さもあって、例年のごとくガッと別のラインが上がってくるような集団の動きであって、上がったり下がったりを繰り返していた。位置取り下手くそですね。1周目はイキリ散らしたい勢が危なっかしいので元々見送る予定で、位置も全然良くなかったので予定通り見送った。コーナーでコーンに引っかかった?選手が転けてボチボチな規模の落車が1周目から発生してた。怖い。

2周目は少し位置を上げたけど上手く上げられず。ホームストレートに入る前の直線で田村ロケットが近くにいて、位置を上げようとしてるように見えたので後ろ着いていこうと思ったらはぐれ気味に。その10秒後に直線で選手同士が絡んだ?、ボチボチ大規模な落車が発生して田村ロケットが吸い込まれていった。自分は落車地点からは離れていたが、巻き込まれた選手のバイクが飛んでいきていて、これ以上飛んでくるなと祈りながら通り抜けに成功した。あぶねえ。それと同時に集団に追いつくのに少々足を使った。後ろにいるせいとはいえ、勘弁してくれよと思った。次の周にそのうちの何人かが集団に復帰してきて、速度差ありすぎて追突しそうで怖かった。

3周目は抜け出しの動きがあったので、それに乗ってみた。が、不発。

逃げに関しては、追走する基準として

・有力選手が最低でも3人はいること

・抑えがいること

を基本的な条件として設定した。相当なハイスピードの維持が求められるのでゴールまで逃げ切るには人数が必要だし、それにプラスしてチーム戦を仕掛けてくる大学が抑えorローテの放棄をしている状態じゃないと決まらないと考えた。3周目のやつは日大が逃げに人を送ってコントロールを始めていたので、乗ってみたけど後ろが繋がった。別に足を使い切ったわけじゃないけど、前の位置をキープできなかったので断念。他選手の間でも話題になっていた、フラミンゴ大学の某選手に56されかけた。特攻隊文化って30年前で終わったって聞いたけど未だ健在なのか?お国を守るためなのかもしれない。彼らにとってのお国とは、、、。

4周目はスプリントで狙いにいった。アベゲンが飛び出していたので、それを追走したが、その後に他選手を含めたローテが回らず、他大学が猛追した上でカウンター仕掛けてきて吸収。ただ、前の位置はキープできていたし、そこまで足も使っていなかったのでそのままスプリントすることにした。

5~10番手くらいをキープしたかったが、残り2kmくらいから永遠に牽制。一旦2,3番手くらいまで下がり、なかなか出てこない日大を待っていたが、後ろで溜めてた日大の車列に一気に加速されて被されて、最終コーナで10番手近くまで位置を落とす。ただ、ここまで来たのでパワーで押し切ってやろうとコーナーで無理やり3番手くらいまで並びかけたが、日大の5枚くらいのアシストに一人で敵う足はなくズルズル後退してさっさと踏みやめた。

今回は1人しかポイントが取れないので、ダメそうなら最後以外はさっさと諦めることにしていた。

5周目はというか、4周目でこれは無理だと思ってしまいやる気をなくして後ろで安全にヒラヒラ。この大会は狙ってるわけじゃないし、もう後ろで安全にゴールしようかと考えていた。位置取りがカオスすぎるし、位置取り上手くいっても自分のスプリントが通用するかわからないし、何よりここでコケて今後の狙ってる大会に支障をきたしたくないと。ただ、何も持ち帰らずに終わるわけにはいかないとも感じ、改めて気持ちを奮い立たせて、中谷を単独エースで今度こそちゃんとリードアウトして発射すると決めて前に上がることした。

謎中切れが起きていたので、長谷川を呼び寄せて前の集団にいる中谷までジャンプ。中谷をエースにして2人でリードアウトしようと指示を出した。阿部は呼び出せる状況ではなさげだった。

中谷にも声をかけて集合させた。ホームストレートの折り返し手前でなんとなく集合できたが、ここで事件。

秋田「リードアウトするから、発射できる足ある?」

中谷「ちょっと厳しいです、さっきのでだいぶ足つかっちゃいました、、、」

なんということでしょう。

中谷くんの足がお陀仏寸前ということで、秋田さんは急いで他の選択肢を考えました

1.秋田をエースにスイッチ

2.中谷に喝を入れて無理やりスプリントさせる

3.バラバラにスプリントする

色々考えたが、自分も4周目でまあまあ足を消耗してしまい、フレッシュな状態でスプリントできる足ではなかった。ただ、そんな状態でも自分のスプリントを位置取りの言い訳なしで試せるチャンスがあるなら、それに賭けてみたくなった。というわけで、選択肢1を選んだ。

バックストレートでまとまり、長谷川、中谷、秋田の車列を維持。中谷は北海道の後輩によほど信用されているようで、中大の某選手にポジションを取られかけたが、慶應の車列なので奪い返した。自分が常に後ろから指示を飛ばして、慶應の車列をコントロールした。

かなり早い段階で長谷川を先頭に出した。自分としては、2人にやってもらう仕事はリードアウトというよりも位置取りまでだと考えていた。2人の足の残量とトップスピードを考えると、いわゆるプロのようなリードアウトはたぶん無理で、かなり上手く行けて残り300mくらいまで先頭付近をキープしてもらえるかどうかくらいだと思っていた。だいたい当たっていて、残り400mくらいで車列を乗り換えた。

話を戻すと、長谷川にペース落ちても良いから引けるところまで引いてと頼んだ。ペース落ちたら勝手に出たい大学が前に出てくるので、それに中谷を合わせさせて、中谷も使い切ったらあとは自分の力でどうにかしようと。

ここで救世主の三浦くん登場。おそらく中大の先輩を引っ張るためか(もしかしたら逃げるためか)、前に出てきて高速牽引を開始してくれた。ここに長谷川がしっかり反応してくれて、残り600mくらいまで集団4番手の位置を確保できた。三浦くんがお仕事終了で、ここから長谷川に限界までひかせ、最終コーナーを長谷川が先頭で通過。自分は他の選手に被されないように中谷の後輪の横に自分の前輪を差したり引っ込めたりしながらポジションをキープした。そして長谷川も失速気味になったので、中谷に喝いれて加速させた。流石に伸びがなかったが、風を受けなくて良いのはデカかった。

中谷の後ろで誰かが被せてくるのを神経尖らせて警戒していたら、早稲田の児玉がぶっ飛んできた。後ろに順天の川田、そしてアベゲン。自分は気がついたらそこに飛び乗っていた。どうやら児玉はカウンターで仕替けたようで、アベゲン車間が切れていたので4番手に乗り換えることができた。

あとはスプリント。最終コーナー抜ける前に、ブレーキってほどではないけど一瞬だけ前が詰まって足を止める瞬間があり、そこからアベゲンが一気に加速して川田を抜き去った。ここで残り250mくらい?自分はその加速に耐えきれずに、一気に2車間くらい離された。一瞬諦めかけたが、1秒後には自分に喝を入れてもがいてた。

こうやってみると迫力がある。

本当にキツかった。足の疲労があったのでポテンシャル的な意味では限界まで踏めてないけど、いい意味で歯車が噛み合っていたので、その時点で出せる限界値は出せていた気がする。追い込めたので、本当にきつくて、残り150m~50mの区間の記憶がない。スプリント自体は5sで1000wしか出ていない(本当かよ?)けど、手前からの位置取りを入れると1minは560w出てて、平坦では最高値。それはキツイわ。そんなに強くはないけど、向かい風基調だったので写真みたいに、横広がりでスプリントだった。いつ捲られてもおかしくなかった。

アベゲンとの車間が詰まることはなく、最後に阿蘇くんにも差されてゴール。集団3番手。いや、残念みたいな書き方してるけど、一回は諦めた状態から3番手ゴールは喜べき。実際に一瞬喜んだ。でも、終わって冷静になってみるとどんどん悔しくなった。ポイント獲得者がばらけたので、最後の1着を取っていれば最終着順も一位なのでそのまま優勝だった。実際には全然差があったけど、リザルトという意味では優勝は目前だった。やってしまったな。まあ、やはり優勝は取るべき準備をするべき者に降り立つということで、僕は今回はそれに相応しい準備やマインドセットが出来てなかったということですね。

キツすぎて神宮ぶりのコイキング。太ももが太くなった気がした。

書きたいこと好きなだけ書くと永遠に収集が付かなくなりそうなので、ここまでにしておく。

とりあえずトップスピードがまだまだ足りなかった。でも、確実に速くはなってる。この調子。

何はともあれ、単騎では取れない成績でした。アシストありがとうございました。従順な兵隊に育てた甲斐がありました。全学ロードは僕より先にへばってなければアシストいたします。

チャンピオンジャージは狙うべき大会で取りに行きます。

潤沢なサポートありがとうございました。伝達届きづらい位置に配置してしまいすみませんでした。

📸井上さん、chikrinさん

ps.TOJの東京ステージ取ったら外人たち、絶対全学オムニ出てくるよね、、、?

秋田圭佑

秋田圭佑

現状維持は衰退

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