本日は22歳の誕生日ですので、一足早く公開します。読んだ人は少し祝ってください。本当は3月末まで引っ張りたかったけど、人生の節目になるのでここで公開することにしました。
ついに引退ブログを書く時が来ました。先輩方の引退ブログを読んでいたのにいつの間に私たちの代になりました。
体育会卒業式に飛び入りで参加しましたが本当に楽しかったです。現役の時はイヤイヤ言ってたけど、なんやかんや体育会が好き。そんなことを実感させられました。他部活の仲間が頑張る光景を見て感化され、自分も頑張る。そんな好循環を掴むことができました。食わず嫌いせずにたくさんの部活を見に行ったのはいい思い出です。そこから生まれるつながりもありました。
僕は面白いことは書けませんので、少々長くなりますが、最後にたくさん今思うことを、つまるところ自分語りをして終わろうと思います。自転車部編と本部編に分かれています。だから長い。
なぜこの部活のブログで本部編を書くのか
邪魔だろと思う人もいるかもしれませんが、私はこの部のみんなに「横の繋がり」の大切さを知って欲しいです。私を含め現在はほとんどが外部生であり、「自転車競技部に所属をした」だけでとどまってしまい、他部活とのつながりが希薄になっている印象を受けます。無論、僕も当初はそうでした。ですがこの部には他に43の部活があります。現に本部は「タテ・ヨコ・ナナメの繋がりの強化」を目標にしていますし、三田体育会も「横の繋がり」を重視して欲しいという意向のようです。(一昨日對馬さんがおっしゃってるのを聞いた) 他の部活を少しも知らないで終わっていく体育会生活、もったいなくないですか。是非殻を破ってみましょう。スポーツが与える3つの宝のうちのひとつ、「友」に出会えます。
自転車競技部編
13歳で初めてロードバイクに乗って感動し、高校生のうちまでは結構真剣に取り組んでました。一人でずっと同じコースを回って、同じセグメントに挑み続けていました。寂しいですね。
この部に入ったのは5月26日でした。それまで何をしていたかというと、音楽制作をしたり、カメラのサークルに入ったり、ゆる〜く自転車に乗ってサイクリングするような、いわゆる「ゆるい」学生生活をしていました。(今となっては部活に入らない選択をしていたらどうなっていたんだろう?と怖くなります)
ところが5月頭にある人からDMがあり、彼は浪人して慶應を目指すからアドバイスをくれと求めてきました。その時の彼の印象といえば、ヤバい人でした。英語の勉強法はこう、世界史はこう、みたいに勉強のアドバイスをしていたのに、だんだん話は2人の共通点である自転車になり、なぜか結論は「俺が浪人して自転車部に入るから、お前はまずマネージャーとして入部して、2年まで基礎体力を戻した後、一緒にTPを走ろうよ」というものでした。おかしい。でもなぜかそれに感化されました。
自分が体育会?本当にやっていけるの?マネとはいえ。みたいな感情でいっぱいでしたがDMし、岳さんや西田さんと面談をしました。ですがその後も決めきれず、岳さんから「入るの?」というLINEがきて、そこで入部を決めました。結局7月にかかったコロナの後遺症があまりにもキツすぎて1,2年は棒に振った感じですが、こういう経緯でマネージャーのままでいました。コロナの後は体重がパレパントル並に軽くなってしまった。今はアルメイダくらいです。
そのとある人というのが早稲田の鈴木です。本当は慶應に来て欲しかったけど。まだ入部お待ちしておりますよ?今は就活頑張ろう。
自転車競技部のマネージャーは他部活と違うからこそ、独特な経験ができたと思います。
体育館部活のように週に4-5回も練習に帯同するわけではなく、シフトによっては選手のみならず、マネージャー同士でも顔を合わせる機会が少ない、塾体育会の中では極めてレアな部活でしょう。
選手の考えを自分も知りたいなと思い、帰宅途中や休み時間などは積極的に部室に顔を出しました。ブログもほぼ全て読みました。他部活なら活動の中で自ずと知っていくけれど、弊部はそうではありません。そのプロセスさえ楽しかったです。人間関係を築くって本当に難しいことですし、その機会さえ自らで作る必要のある部活はとてもユニークで好きです。
4年間いろんなことがありました。このブログには到底書ききれないくらいのことがありました。
もちろん、「これはよかった」「ここは悪かった」と様々なことに対して感じます。ですが、「ここは悪かった」というものは果たして一生悪いままでしょうか。それは自分は違うと思います。何か失敗したとして、そこから学び直して次回に良い結果を導けたとすれば、その失敗は教訓に昇華されます。教訓を得られたということは、少なくとも100%悪いということは無くなると考えています。あくまで主観ですが。
これと同じように、自分が部活で犯した失敗や挫折というものも、これからの人生において糧になるものだと信じています。遠い将来、自分が大学生活を振り返った際、笑って「いい経験になったな」と言えるような生き方にします。これは胸に刻んでおきます。ある部活の同期が引退ブログで似たことを書いてて共感しました。
体育会本部編
体育会本部に加入したのも、この部活があったおかげです。内田さんを見て本部に興味を持ち(変人だと何回か言われましたが)、実際に同じ副幹というポジションにつくことになりました。
平凡なマネージャーで終わりたくない、という思いがありました。もう一つ活動の場を増やすことで、自転車部の活動に100%リソースを割けなくなるのは自明なのに、それでいて平凡なマネージャーを脱却できると思っていた自分が恥ずかしいです。。当時は盲目すぎた気がしますが、まだまだ青かったのでこのくらいがちょうど良かったと思います。
あとは他部活の様子を知りたかった、友達を作りたかったという驚くべきほどの自分勝手な理由で入部しました。利己的な理由で入部しましたが、いつの間にかその考えは消えていました。LEAPから色々あって総務と財務局の人間に転身したわけですが、これが自分にはとても合っていました。LEAPをとやかくいうわけではないですが!!「人を支える」という役割をどちらも担っていますが、総務でやるような地味すぎる事柄の方が向いていました。(現に、LEAPはギラギラしているので僕には眩しすぎる)
活動を進める中で、「困っている主務のサポートをしたい」という思いが自分の中に湧き上がってきました。自分自身も選手を支えている(かもしれない)裏方なので、主務という圧倒的裏方が困っている状況は見過ごせませんでした。
自分でもなんであれほどやる気に満ち溢れていたのかは知りません。でもなぜか主務の業務相談のメールには即レスしていましたし、纐纈さんにアツく「主務助けたいです」的なことをお酒の場で話した覚えがあります。あれほど人生で何かに熱中できる経験はなかなかしたことがありません。この経験があったからこそ、人を支えることに真の喜びを感じる人間になれたのだと思います。穿った見方をすれば、自己満足の世界でもありましたが
LEAP部屋の片付けを朝から晩までしたのも懐かしいです。交通費も自腹で1000円かかるし、往復2時間かかるし、掃除は6-7時間やるし、埃まみれになるし、疲れるし。でも「人を支えること」に対して全力な應援指導部のためになりたくて、なぜかずっとやってました。そこでバンド兼旗手や鼓手の人と知り合ったり、ルーターズの2年生とも知り合いました。本当にいい子達ばかりですね。
その影響で (?) 4年前期は多分全塾生の中で1番応援に行ってました。軟式の対明治戦、9回の間気合いの応援指導を受けたことは頭から離れません。本当に体育会の全ての部活が大好きです。
いつの間にか他人を動かす人間にもなっていました。その中でも印象的なのが、應指の3年生の採用をする際のことです。採用ミーティングをZoomで開いて、本部の説明や自分の想いを伝えました。
ちょうど自転車サブが多かったので、対面でも機会を用意し、似たようなことを喋りました。應指は本当に大好きだったし尊敬していたので、思いの丈を全てぶつけました。本当に予想していなかったですが、初対面だった1人が泣き始めました。女子を泣かせるなんて15年ぶりくらいでしたから、最初は何かやらかしたかなと思いましたが、自分の思いに共感してくれたとのことでした。本人にはとりとめのないことだとは思いますが、自分にとってはかなり印象に残ったシーンです。
「本気の思いに対して應えてくれる人は、必ずどこかにいる」ということを学びましたし、今でも心に留めて生きています。
本部の後輩たちもみんな大好きです。本部のおかげでアメフトが大好きになりました。NFLとカレッジばっかり見ています。自転車と同じくらい好きかも。野球やアメフト、ラクロスなどの定番な試合から、合気道、航空、レスリングや自動車などの早慶戦、ウエイトの国際試合も見に行きました。空手とかフェンシングを見に行けなかったのが惜しいですね。ホッケー・バレーの親子訪問に行ったり。頼りない先輩ではあったけどもいつも優しく接してもらって嬉しい限りです。ありがとうございました。
ここにあまり関わりのない(他部活の)先輩方の引退ブログを載せるのは気が引けるので省略しますが、1個上のとある主務の引退ブログが大好きでよく読んでいます。この方がいなかったら自分が主務の支援をすることはなかったでしょう。
今でもまだ未熟な人間ですが、4年前はこれ以上にダメ人間でした。何かの巡り合わせでこの部活に入り、人を支える経験を通じて自分の熱中できることを見つけることができました。自転車部のみならず本部でも似たようなことをし、多様な人と繋がれました。その上、人に少なからず影響を与えられる人間になれました。このような未来は大学入学直後の自分には想像もつかなかったでしょう。成長の機会を与えてくれた自転車競技部には感謝してもしきれません。
宇佐美総監督をはじめとした全ての関係者にお礼を申し上げたいです。
そして両親には全てにおいて感謝をしています。
不自由なく22年間育ててもらい、一人暮らしまでさせてもらって、その上自分の生活を全て変えてしまうような自転車まで与えていただきました。どうもありがとうございました。22年目のスタートとしてこのブログを書きました。
「季尚の努力のおかげ」とよく言いますが、それは両親の努力があってこそ成り立つものだと思っています。5年も大学にいてしまって申し訳ない思いもありますが、社会に出たら親孝行をたくさんできるように頑張ります。本当にありがとうございました。
アイキャッチは23年の東日本です。
何か写真を貼り付けようと思いましたが、弊部のインスタで10枚くらい載せた記憶があるので割愛します!あと1年は大学生なので、就活終わったらサポートに使ってください。引退した今はもう一度サポートに行くのが楽しみになっています。
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